バナナ共和国
一本の果物が国家を殺した話
「Banana Republic」といえば、今はギャップ系のアパレルブランドだ。でもその名前の由来を知ると、ちょっと笑えなくなる。
この言葉を生んだのは、O・ヘンリーという作家。本名ウィリアム・シドニー・ポーター。彼がこの言葉を書いたのは1901年、ホンジュラスのさびれたホテルの一室だった。銀行の横領容疑でアメリカから逃げてきていたのだ。逃亡犯が熱帯の安宿に潜伏しながら書いた短編小説に登場する架空の国「アンチュリア」その描写に初めて「banana republic(バナナ共和国)」という言葉が使われた。モデルはもちろん、彼が隠れ家にしていたホンジュラスそのものだった。
では、その「バナナ共和国」の実態とは何か。
1899年に設立されたユナイテッド・フルーツ社(UFCO)という会社がある。今のチキータ・ブランズの前身だ。設立当初から米国バナナ市場の75%を握り、その後中米・カリブ海地域で350万エーカーの土地を買い占めた。グアテマラ最大の地主は、国家ではなく一つのアメリカ企業だった。
土地だけじゃない。UFCOはグアテマラの鉄道をほぼ完全に支配し、電話・電報システムも所有し、唯一の国際港の運営権も握っていた。国家のインフラが、丸ごと一社の手の中にあった。
現地の人々はこの会社を「El Pulpo」~タコ~と呼んだ。触手が国中に伸びているから。
税金も関税も免除されていた。競合する独立系農家が鉄道を使おうとすれば、邪魔をした。用済みになった路線は破壊した。他の誰かが使って儲けないように。
ここに一人の男が登場する。サム・ゼマレイ、通称「バナナマン」。
1877年、現在のモルドバにあたるロシア帝国領キシニョフ生まれ。貧しいユダヤ人家庭の子供で、14歳で渡米した。
ニューオーリンズの港で仕事を探していた頃、彼はあることに気づく。船員たちが熟しすぎたバナナをどんどん海に捨てていた。廃棄するしかない「腐りかけ」を、誰も商品と思っていなかった。ゼマレイはそこに目をつけた。「急いで売れば売れる」。彼はそのバナナを安く買い取り、鉄道で内陸の町に運んで売った。150ドルから始めて、21歳で10万ドルを手にしていた。
その後、彼はホンジュラスに土地を買い、バナナ農園を持つ。ビジネスは順調だった。ところがある日、ホンジュラス政府がバナナ輸出への増税を計画していると知った。もし、そうなれば競合のUFCOに価格で勝てなくなる。
ゼマレイはワシントンへ飛んだ。国務長官ノックスに直談判したが、無視された。
帰り道、彼はニューオーリンズで一人の男と落ち合う。マヌエル・ボニージャ——失脚してニューオーリンズに亡命中の、元ホンジュラス大統領だ。
二人は計画を立てた。
傭兵のリー・クリスマスと「マシンガン」モロニーを雇い、100人の部隊を編成した。払い下げの旧米海軍艦USSホーネット号を入手し、武器を積んだ。米国政府の監視をかいくぐって出港し、ホンジュラスに上陸。
戦闘になった。ゼマレイたちは勝ち、ボニージャは大統領に返り咲いた。
見返りは何か。25年分の事業利権、50万ドルの融資、そして24,700エーカーの土地。
ニカラグアで前政権を倒すには、国務省・海軍・海兵隊・大統領まで動員が必要だった。ホンジュラスでは、バナナ売りの移民一人がやってのけた。
しかしゼマレイの最大の「仕事」は、1954年のグアテマラにて行われた。
民主的な選挙で選ばれた大統領ハコボ・アルベンスが、土地改革を始めた。UFCOが持て余して放置していた農地を収用し、土地を持たない農民に分配しようとした。補償金は払うという条件で。
当然UFCOは激怒、補償額が低すぎると主張した。(低く見積もった税申告が根拠だったため、自分たちで価値を少なく申告していた土地に対して今更「不当だ」と言うのだから、図々しい話だ。)
ゼマレイが動いた。雇ったのはエドワード・バーネイズ——「PRの父」と呼ばれる男だ。バーネイズは記者に旅費を出し、「グアテマラは共産主義の脅威だ」という記事を書かせた。Why the Kremlin Hates Bananas(クレムリンはなぜバナナを嫌うのか)という宣伝映画まで作った。
アイゼンハワー政権の周辺を見れば、利害関係がよく分かる。国務長官ジョン・フォスター・ダレスの法律事務所はUFCOの顧問だった。CIA長官アレン・ダレスは弟で、UFCOの理事を務め株も持っていた。大統領の個人秘書アン・ホイットマンの夫は、UFCOの広報担当者だったのだ。
1954年6月、CIAが訓練した亡命グアテマラ人部隊が国境を越えた。CIAはラジオを使い、小規模な侵攻を「民衆革命」に見せかける情報戦を展開。アルベンスは抵抗し、やがて孤立、6月27日に辞任した。最後のラジオ演説で彼は言った——ユナイテッド・フルーツとCIAが自分を追い落としたのだと。演説の途中でラジオは切られた。
勝者だったはずのUFCOは、10年も経たないうちに解体に追い込まれた。独占禁止法の調査が入り、競合他社に市場を奪われ、かつての王国は崩れた。
グアテマラは30年に及ぶ内戦に沈んだ。
ガルシア=マルケスは『百年の孤独』の中でバナナ虐殺を書いた。パブロ・ネルーダは詩でUFCOを呪った。ラテンアメリカの作家たちはこの歴史を忘れなかった。
そして今も「banana republic」という言葉は使われている。腐敗した政治体制を指す言葉として。その言葉が生まれた本当の意味を知らないまま、アパレルブランドとして、あるいは政治的な比喩として。
一本のバナナの後ろには、国家を丸ごと飲み込んだ企業の歴史があった。
それでは、今回はこれでおしまい。
ではまた、次のレポで












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