りんごの雑学
~食研レポ~
第1章|りんごのふるさとは、中央アジアの山奥だった
りんごって、もとはどこの国の果物なんでしょうね。
めちゃくちゃなんとなく勝手にヨーロッパだと思ってました。
実は、
現在わたしたちが食べている栽培りんご(Malus domestica)のルーツは、カザフスタンの天山山脈に自生する野生りんご Malus sieversii にあるらしくて。
ロシアの植物学者ヴァヴィロフが最初に指摘し、その後の遺伝子解析でもすでに証明されてるようです。
野生りんごはクマやヤギなどの大型哺乳類に食べられ、種が遠くへ運ばれることで自然に広がっていきました。
やがてシルクロードの交易路を通じて人の手でも西へ伝わり、古代ローマやギリシャにも栽培の記録が残っています。
日本には奈良時代の古典に「和りんご」が登場しますが、現在の西洋りんごが入ってきたのは明治維新以降のことなんですね。
カザフスタンには今も野生りんごの森が残ってて、世界自然遺産の候補にもなってるみらしいです。
大型哺乳類が種を遠方へ運んでいた、つまり人類史以前からの
「長距離輸送」が存在していたということ。
なかなかロマンのある話ですね。
第2章|青森りんごは「士族の失業対策」から始まった
明治4年(1871年)、西洋りんごが横浜港から日本に伝わりました。
1875年に政府が青森県庁へ苗木3本を配布したのが、青森りんごの歴史の出発点で、
普及を支えたのは、廃藩置県で職を失った津軽藩の旧士族・菊池楯衛。
彼は苗木を自費で農家に配り、接ぎ木や剪定の技術を広め、「青森りんごの父」と呼ばれるようにまでなりました。
1891年の奥羽本線開通で東京への出荷が容易になり、産地としての地位はさらに固まっていきます。
1899年にはウラジオストクへの輸出も始まりました。
現在、青森県は国内りんご生産量の約6割(約46万トン/2023年)を占め、
代表品種はふじ・王林・トキなど。2位は長野県(約17%)、以下山形・岩手・北海道と続きます。
青森のりんごは収穫後、翌年6月ごろまで販売されてます。
収穫直後に0℃近くまで急冷してから、酸素濃度を1.8〜2.5%に制御した「CA貯蔵」で呼吸を抑えることで、長期間の鮮度を保つ。
とぅおんでもない、科学!!
「春に食べるりんご」も、夏に穫れたものではなく、秋に穫れたものを貯蔵しているんですね。
第3章|りんごの「蜜」は、ハチミツじゃない
蜜入りりんごを割ったときの、あの透き通った美しさ。
当然ですが、あの蜜はハチミツの蜜とはまったくの別物です。
正体はソルビトールという糖アルコール。
葉で合成されたソルビトールが通常は果糖やショ糖へ転換されますが、樹勢が強い場合などに転換しきれず、果肉の細胞間に溜まって水分を引き寄せ、ガラス状に透けて見える。
これが「水斑(watercore)」と呼ばれる現象です。
蜜の多い部分は、周囲の果肉より必ずしも糖度が高いわけではないようで、
香りが強く、完熟のサインにはなりますが、「蜜が多い=甘い」とは一概に言えないらしいんですね。
まあ確かに感覚的にも、思い出して、めちゃくちゃあの部分甘かったか?って言われたらそうでもない気もしますしね。
蜜が入りやすい品種としては
ふじ・はるか・ぐんま名月などが代表例。また、入りにくいのは王林・きおう・シナノゴールドなどです。
日本では「蜜入り=高級でおいしいりんごの証」として喜ばれますが、
海外では「watercore(品質欠点)」として商品価値が下がると判断されることもあるとか。
蜜は長期保存中に褐変や酵臭を招くリスクもあるため、
商業用はCA貯蔵で、しっかりと品質管理されているらしいですね。
第4章|赤・黄・緑、りんごの色を決める3つの色素
りんごの皮の色は、3種類の色素のバランスで決まります。
赤——アントシアニン
フラボノイドの一種で、光と低温が引き金になって合成されます。夜間の気温が10℃程度まで下がることが鮮やかな赤色の発現に重要で、昼夜の寒暖差が大きい産地ほど色づきが良くなります。代表品種はふじ・ジョナゴールド・紅玉。
黄——カロテノイド
成熟が進んで葉緑素が分解した後に目立つようになる、脂溶性の黄色〜橙色の色素群で、高温下でも比較的安定していて、袋掛けをしても色づきやすいのが特徴です。
代表品種は王林・シナノゴールド・トキ。
緑——クロロフィル(葉緑素)
未熟な果実に多く残る色素で、成熟とともに分解されます。
意図的に緑を保っている品種がグラニースミスで、酸味の強さが特徴。
同じふじでも、日の当たる面と日陰の面では赤さがまるで違うんですね。
これはアントシアニンの合成が光の刺激によるためで、農家は袋掛けのタイミングや向きを工夫して色づきをコントロールしているらしいです。
果皮に蓄積するアントシアニンには抗酸化作用があり、紫外線から種を守る役割も担っています。
第5章|世界のりんご料理——失敗、戦争、宮廷から生まれた料理たち
りんごは甘い菓子から発酵飲料まで、世界中でさまざまな料理に使われています。
その誕生にはドラマチックな歴史があるものも少なくありませんでした。
順番に見ていきますね。
タルトタタン(フランス)
砂糖とバターでキャラメリゼしたりんごを型に敷き、生地を上からかぶせて焼いた後にひっくり返す「逆さまタルト」。
1888年、ロワール地方のタタン姉妹がりんごを焼きすぎてしまい、失敗をごまかすために逆さに焼いたのが始まりとされているとか。
パリの名店「マキシム」がレシピを入手して広めました。
アプフェルシュトゥルーデル(オーストリア/ハンガリー)
極薄の生地でりんご・レーズン・ナッツを巻いて焼くロール菓子。
ルーツは古代アッシリアの層状ペイストリーにあるとされ、シルクロードを経てトルコのバクラヴァに影響を与え、ハンガリーを通じてオーストリアへ伝わりました。
1699年のオーストリアによるハンガリー征服後、ウィーンの宮廷サロンで人気を博し、1827年に初の詳しいレシピが出版されました。
アップルクランブル(イギリス)
りんごの上にバター・砂糖・小麦粉のそぼろをのせて焼くデザート。
第一次世界大戦後の食材不足から、パイ生地の代用として生まれた節約料理で、1924年の戦時料理本にレシピが掲載されました。
アメリカやカナダでは「アップルクリスプ」として親しまれています。
アップルパイ(アメリカ)
17世紀のイギリス移民がレシピを持ち込み、アメリカ独立後に「アメリカらしさ」を象徴するデザートになりました。
バーモント州ではチェダーチーズを添える習慣が、現在でも残ってます。
ウォルドーフサラダ(アメリカ)
角切りりんごとセロリをマヨネーズで和えたサラダ。
1896年にニューヨークのウォルドーフ=アストリアホテルのレストラン支配人オスカー・ツシルキーが考案し、当初はりんごとセロリだけでした。1928年にクルミが加えられ、現在の形へと変わっていったんですね。
ローストポークとアップルソース(イギリス)
りんごを煮てピューレにしたソースを豚の丸焼きに添える料理。
古代ローマの料理書『アピキウス』にも豚とりんごの組み合わせが登場しており、豚肉の脂をりんごの酸味で中和するという知恵が2000年以上にわたって受け継がれてきました。
シードル(欧州各地)
発酵させたりんご果汁から作る低アルコール飲料。
ケルト人が紀元前3000年ごろに野生りんごで醸造したのが始まりとされます。
1066年以降、ノルマン人がイングランドにりんご栽培と圧搾技術を持ち込んで普及し、ノルマンディーやブルターニュが今も主要な産地として有名。
りんご一つとっても、起源・産地・食べ方・色・保存技術と、掘れば掘るほど話が広がる果物です。
いつも思いますが、「何気なく食べていたもの」の裏にこれだけの歴史があることを知れるというのが、何よりもの雑学の醍醐味ですね。
それではまた、次のレポで~




















りんごの歴史が学べて勉強になりました🍎
うちの周りにも明治維新後に士族が開墾した農作物があり、日本の農業には武士が関わってる事が多いとおもってます!
野生りんごの森ってなんだかいいですね🌳🍎
食物連鎖みたいな感じですかね😊
青森のりんごが収穫後に0度で貯蔵されてるとは驚きです!美味しく食べられるようにしてくれている生産者さんに感謝です🙏✨
りんごのスイーツ食べたくなりました🤭