ミイラを食べた人々
中世ヨーロッパの「人体医薬品」という狂気
ヨーロッパ人は、何百年もの間、人間を食べていた。
野蛮な部族の話ではない。王族、貴族、医師、薬剤師——啓蒙の時代を生きた「文明人」たちが、人間の遺体を薬として処方し、処方され、飲み込んでいた。
話は12世紀、一つの言葉の誤訳から始まる。
中東の医学書に「ムミヤ(mumiya)」という言葉があった。ペルシャの山腹に自然に滲み出す黒いアスファルト状の鉱物で、万能薬として珍重されていた。十字軍を通じてヨーロッパにこの概念が伝わったとき、翻訳者たちはある勘違いをした。
エジプトのミイラは、防腐処理のために樹脂やアスファルトに似た物質で塗り固められていた。「これがムミヤだ」と思った。
違った。でも、誰も気づかなかった。
こうして12世紀から17世紀にかけて、ヨーロッパ中の薬局の棚に「ムミア(Mumia)」と書かれた壺が並ぶようになった。中身はエジプトのミイラを砕いた粉だ。頭痛、内出血、てんかん、骨折、胃潰瘍——ありとあらゆる病に効くとされた万能薬として。
需要は爆発した。
エジプトの墓が荒らされ、略奪者たちはファラオの眠る棺を開け、数千年前のミイラを解体し、粉にして売った。「ミイラ商人」という職業が生まれた。
しかし、本物のミイラはすぐに品不足になった。
そうなると当然、偽物が出回る。
エジプト当局がミイラの輸出を禁止すると、ヨーロッパの薬剤師たちは自分でミイラを「製造」し始めた。新鮮な死体を乾燥させ、樹脂を塗り込んで、「本物のミイラ」として売った。処刑された犯罪者、溺死体、砂漠で死んだ旅人——素材は問わなかった。
フランスの王室外科医アンブロワーズ・パレは「偽ミイラ」の横行を嘆いた。本物の古代ミイラが手に入らないから、昨日死んだ死体が「古代エジプトの薬」として流通していると。
しかし彼が問題にしたのは「効かない偽物が多い」という話であって、「人を食べるのはどうか」という倫理の話ではなかった。
ミイラ粉末は、中世の迷信にどっぷり漬かった無知な庶民だけが飲んでいたわけではない。
ヨーロッパ最高の知性——医学界の権威パラケルスス(1493〜1541年)が、積極的に処方していた。
彼の理論はこうだ。頭に病を抱えるなら、健康な人間の頭を食べよ。特に、若くして突然死んだ男性——戦死者や処刑された囚人——の体には「生命の霊気(vital spirit)」が残っており、それを摂取することで病が癒える。
パラケルスス処方の「コーパス・メディシン(遺体医薬)」には、血液、頭蓋骨の粉末、骨の髄、脂肪、脳みそが含まれていた。
そして彼は、ヨーロッパ医学の歴史に残る大改革者だ。この人物の処方箋が、当時最先端の医療だった。
王も例外ではなかった。
1685年。イングランド王チャールズ2世が脳卒中で倒れた。
彼が死の床で最初に手を伸ばしたのが「キングズ・ドロップス(王の雫)」だった。かつて6000ポンドを払って宮廷化学者ジョナサン・ゴダードから秘伝レシピを買い取り、自分の実験室で作り続けてきた秘薬だ。
主成分は、5ポンド(約2.3キロ)の人間の頭蓋骨粉末。そこに干したマムシ、象牙、鹿の角などを加え、アルコールと何度も蒸留して作る。チョコレートや薬草と混ぜて飲むこともあった。
チャールズ2世は死の床で、この液体を何度も流し込まれた。
その薬が効果を発揮することはなく、6日後に死んだ。
だがキングズ・ドロップスの人気はその後も続いた。ロンドンの薬局で1700年代まで普通に売られた。1686年、アン・ドーマーというイングランド人女性が姉への手紙にこう書いている。「キングズ・ドロップスを飲んで、チョコレートを飲んで、魂が死ぬほど悲しいときは子供たちのところに走って行って一緒に遊ぶの」。落ち込んだときの、彼女の気分転換が「頭蓋骨の蒸留液」だった。
遺体医薬のメニューは、ミイラ粉末と頭蓋骨だけではなかった。
処刑台の下では、斬首直後の血液を直接飲む人々が列をなした。てんかんの特効薬とされたからだ。処刑人が副業として「新鮮な血液」を販売した。
頭蓋骨に生えた苔(「頭蓋苔」と呼ばれた)は、鼻血を止める薬として珍重された。人間の脂肪はリウマチの塗り薬に、人間の尿は白内障に効くとされた。
白内障の治療法:人間の排泄物を粉末にして目に吹き込む。
シェイクスピアはオセローの中でミイラを、ベン・ジョンソンはヴォルポーネの中でミイラ粉末を登場させた。医師が処方し、薬剤師が売り、作家が書いた——遺体医薬は当時の文化に完全に溶け込んでいた。
いつまで続いたのか。
ドイツの製薬会社メルクの社内アーカイブに、「Mumia vera aegyptiaca(真正エジプトミイラ)」と書かれた保管庫がある。かつてここに頭や足が保管されていた。1924年の価格表によると、ミイラ粉末1キログラムは12金マルク。1928年の薬品カタログにもまだ掲載されていた。
20世紀に入っても。
1909年、スコットランドで少年がてんかんの治療として「頭蓋骨の器で飲み物を飲む」よう民間療法師に指示された記録がある。
こんな皮肉がある。
ヨーロッパ人が「野蛮だ」と言い続けたのは、アフリカや新大陸の先住民の「カニバリズム」だった。宣教師を送り、文明化という名の支配を正当化するために使われた物語だ。
しかしその同じ時代、ヨーロッパの王宮では人間の頭蓋骨を蒸留した液体が回し飲みされ、薬局では古代エジプト人の粉末が処方箋付きで売られていた。
文明と野蛮の境界線は、どこにあったのか。
ミイラを食べるようなことが過去にあったなんて、
現代を生きる我々から見ると、馬鹿げているようにしか見えないけど
当時の人は信じて疑っていなかった。
数百年後の未来の人々が、
現代のわれわれが当然のように行っている行動に対して、
同様に思う未来が来るかもしれません。
今回は食といっていいのか正直、???なテーマにはなってしまいましたが、
面白いと思った話だったので取り上げてみました。
それでは今回はこれでおしまい。
ではまた、次のレポで~




















はじめて知りました😳!!!
確かに滋養強壮のためにマムシやウナギ、そして、普通に動物も食べるのだから
ワンチャン人間も…歴史の中であってもおかしくはない…のかなぁあああ!??
恐ろしくも面白いお話に興奮が止まりません😂!
すごいです!
面白すぎます!