白い黄金と奴隷制度の話。
砂糖史の光と闇について
あなたが今日コーヒーに入れた白い粉。それは数百年前、同じ重さの銀と取引されていた。
中世ヨーロッパで砂糖は「スパイス」だった。1319年のロンドンでの価格は1ポンドあたり2シリング。今の価格に換算すると1キロ約100ドル。王侯貴族しか口にできない、文字通りの「白い黄金」。
この甘い粉に、世界は狂った…
砂糖はもともとアメリカ大陸には存在しない植物だ。1493年、コロンブスが2回目の航海でサトウキビの苗をカリブ海に持ち込んだ。ヒスパニョーラ島(現在のハイチとドミニカ共和国)に植えたそれは、熱帯の土と太陽で爆発的に育った。
問題は労働力。サトウキビの栽培と精製は、途方もない肉体労働を要求する。刈り取り、搾汁、煮詰め、結晶化——すべてが手作業で、すべてが危険だった。
先住民はヨーロッパ人が持ち込んだ天然痘やインフルエンザで壊滅したため、代わりの労働力を必要としていた….
ここから「三角貿易」と呼ばれるシステムが回り始める。
ヨーロッパから銃・繊維・酒をアフリカ西海岸へ運び、アフリカで人間と交換する。その人間をカリブ海のプランテーションに送り込む。プランテーションで作られた砂糖・糖蜜・ラム酒をヨーロッパに送り返す。ヨーロッパで売った利益でまた銃と酒を買い、アフリカへ向かう。
このサイクルが380年間続いた。
運ばれた人間は1000万~1200万人。そのうち約3分の2が、砂糖のプランテーションに送られた。中間航路(ミドルパッセージ)と呼ばれる大西洋横断の船旅で、推定15〜25%が到着前に死んだ。船倉に鎖で繋がれたまま…
カリブ海の砂糖プランテーションにおける奴隷の平均余命は、到着後わずか7年。
過労、栄養不良、病気、暴力。死亡率が出生率を常に上回っていた。つまり、奴隷が自力で増えるより早く死んでいっていたのだ。そこでプランテーション所有者たちはシンプルに考えることにしたのだろう。
結果。
「新しい奴隷を買ったほうが、今いる奴隷をまともに扱うより安い」
という結論に至った。
人間の命の価値が、砂糖よりも圧倒的に低かったのだ。
最も極端に機能したのが、フランス領サン=ドマング——現在のハイチだ。
18世紀、この小さな島はフランス帝国で最も金を生む植民地だった。
ヨーロッパとアメリカ大陸で消費される砂糖の約40〜50%。コーヒーの約60%。この一つの植民地だけでベルギーやハワイとほぼ同じ面積の島が、イギリス領西インド諸島の全植民地を合わせたよりも多くの砂糖とコーヒーを生産していた。
サン=ドマングは、イギリスのアメリカ13植民地すべてを合わせたよりも多くの収益をフランスにもたらした。1780年代には、フランスの対外投資の約3分の2がこの島に集中していた。
その富を支えていたのは、約50万人の奴隷達。島の人口の90%が奴隷だった。
1680年から1776年の間に80万人以上のアフリカ人がこの島に連行され、そのうち3分の1以上が、最初の数年で死んだ。
パリ、ボルドー、ナントは、砂糖の税収で栄えた。
フランスの洗練された文化——あの壮麗なサロン、啓蒙思想の出版物、オペラ座の金箔——その足元に、カリブ海の泥と血があった。
1791年、奴隷たちは遂に蜂起した。
ハイチ革命。史上最大にして最も成功した奴隷による反乱。13年間戦い、1804年にフランスから独立を勝ち取った。世界初の黒人主導の共和国が誕生した。
だが、世界はハイチを許さなかった。
奴隷制で利益を上げている他の国々にとって、奴隷が自力で自由を勝ち取った国の存在は、目障りだったのだ。ハイチはどの国からも承認されず、ついには貿易から締め出された。
そして1825年。フランス国王シャルル10世が14隻の軍艦と500門以上の大砲をハイチに向けた。要求は一つ。
「独立を認めてやる。代わりに1億5000万フランを払え。」
[※アメリカがフランスからルイジアナ(現在のアメリカの国土の約4分の1)を購入したとき、支払ったのは8000万フランだった。ハイチに突きつけられた額は、その約2倍。ハイチの年間国家予算の10倍以上だった。]
何の賠償か? フランス人農園主が「失った財産」——つまり奴隷——に対する補償だ。
奴隷にされた側が、奴隷にした側に賠償金を払わされた。
NPRはこれを「史上最大の強奪」と呼んだ。
軍艦に囲まれ、ハイチ大統領ボワイエは署名した。勿論、払えるわけがなかった。フランスの銀行から借金をして最初の分割金を払った。借金の利子を払うためにまた借金をした。フランスへの賠償金は1883年に完済されたが、そのために積み重なった借金の最終返済が終わったのは、1947年のことだった。
1825年から1947年。122年間。
ニューヨーク・タイムズの2022年の調査によると、ハイチがフランスに支払った総額は現在の貨幣価値で約5億6000万ドル。もしその金がハイチ国内に投資されていたら、200億ドル以上の経済効果があったと一部のエコノミストは試算している。
ハイチは今、西半球で最も貧しい国。
かつて世界で最も富を生んだ植民地だった場所が
あの甘い白い粉は、ヨーロッパの紅茶を甘くし、チョコレートの菓子を生み、産業革命の資本を作った。同時に、1200万人の人間を貨物にし、一つの国の未来を122年かけて搾り取った。
あなたが今日コーヒーに入れた砂糖は、1キロ数百円で買える。かつて銀と同じ重さで取引されたそれは、今や世界で最も安い商品のひとつだ。
今回はこれでおしまい
ではまた次のレポで~
















面白い・・・・!!
デンちゃん素晴らしいレポート!
美しくカリブ海にある、ハイチやドミニカとかは、白人たちに先住民はほとんどが殺されたも同然。
本来、北米、中米、南米には、黒人は居なかった。みんな奴隷で連れてこられた黒人だからね。
キリスト教の布教と奴隷貿易はセットと語られるもの。食の歴史と密接に絡むこれらの話。
これからも、デンちゃんの話に期待だね!